4.〜諸法無我〜 諸法無我と食物連鎖について

 

前回は細胞と「諸行無常」についてお話させていただきました。「諸行無常」の次は同じ三法印の「諸法無我」のお話をさせていただきます。「諸法無我」は言葉の通り捉えると、この世のものに我は無いとなりますが、この我というのは私達自身のことではないです。「諸法無我」はひとつのところに留まることはないという意味で、これはすべてのできごとに対して言えることです。このことは「諸行無常」と大きく関係します。前回お話させていただいたとおり、物事は変わり続け、それに合わせて他のものごとを変化していきます。そのためにも「諸法無我」として、物事の定位置を定めるわけにはいかないのです。私達は食物を消化し、栄養を吸収して生きています。この栄養というのはタンパク質、脂質、炭水化物といったものですが、これらは植物もしくは動物から得ています。つまり、他の「いのち」から栄養をもらって私達は生きています。また私たちが食べている動物も生きていくために他の「いのち」から栄養を取っています。例えばお刺身で考えてみましょう。マグロはイワシなど他の小魚を食べますし、イワシは動物プランクトンを食べます。その動物プランクトンは植物プランクトンから栄養を取っています。なので私達の体を作るタンパク質は遠い海の植物プランクトンから移り移りやってきたものといっていいでしょう。また私達の体は毎日の新陳代謝でタンパク質はどんどん入れ替わっていきます。古くなった細胞は肌の垢となったり、うんちと一緒に体の外に流れていきます。それらは下水と一緒に川に、海に流れていきます。そして、遙か海の底で、植物プランクトンの栄養になります。なので、私達の体を作っているタンパク質などはこの地球という世界中を巡り続けています。このように私達が生きている上で栄養という面でも「諸法無我」として考えられます。10年前に私の体の一部だったものが、今隣に座っている人の体になっているかもしれません。やはり「諸法無我」という言葉を通して、「これは私のものだから」といった執着の無意味さを実感すべきなのでしょう。今日はここでお話を終わりたいと思います。